障害者権利条約をめぐる動きとポスト十年

国際リハビリテーション協会(RI)副会長/北星学園大学教授 松井 亮輔


 昨年12月19日の国連総会でメキシコなど28カ国(すべて、中南米諸国を中心とする途上国で、アジアからはフィリピンとバングラデシュが参加)から共同提案された障害者権利条約に関する決議案が、全会一致で採択された。その主たる内容は、「(障害者の権利に関する)国際条約への提案を検討するための特別委員会の設置」である。

 こうした条約に関する決議案ははじめてのことではなく、1987年にはイタリア政府が、また1989年にはスウェーデン政府がそれぞれ提案を行っているが、いずれも財政上の問題や、他の人権規約・条約に障害者も含まれているなどを理由とする反対多数で否決されている。その妥協策として実現したのが、1993年の「障害者の機会均等化に関する標準規則」である。同規則は、条約とは異なり、各国政府への拘束力はない。したがって、障害者に一般市民と同等の権利を保障すべく取組みを各国政府に義務づけるには、同規則は不十分であり、条約化が不可欠として、国際リハビリテーション協会(RI)は、1999年9月ロンドンでの総会で障害者権利条約制定をアピールする「2000年代憲章」を採択した。

 翌年3月には、RI加盟団体でもある中国障害者連合会主催で北京においてひらかれた「世界障害NGOサミット」でも、「障害者の完全参加と平等達成のための法的拘束力を持つ権利条約制定」を主な内容とする「新世紀における障害者の権利に関する北京宣言」が、そしてさらにその12月には、バンコクで開催されたアジア太平洋障害者の十年推進NGO会議でも「アジア太平洋地域における障害者の権利推進に関するバンコク新千年紀宣言」がそれぞれ採択されている。

 メキシコ政府のイニシアチブによる国連決議は、ある意味ではこうした動きの延長線上のものともいえるが、原案で意図された「障害者権利条約制定を目的とした特別委員会設置」は、ノーマライゼーションの観点から、障害者を対象とする権利条約を検討する前に、まず既存の人権条約などで障害問題に対応すべき」などとするヨーロッパ連合(EU)などの反対で修正され、一歩後退した内容となっている。

 同条約をめぐる今後の主な動きとして国連サイドでは、2月の社会開発員会および4月の人権委員会での討議(なかでも、同条約が人権委員会の正式議題として取り上げられることの意義は、大きいとされる。)を踏まえて、8月には、昨年の国連総会決議に基づき設置が決定した特別委員会がニューヨークでひらかれる。また、同特別委員会に先立って、「(障害者の権利に関する)国際条約において考慮されるべき内容や実際的な施策について勧告を行うことで、特別委員会の業務に貢献する」ための地域レベルの会議開催などが、同決議で要請されている。
 そして特別委員会での討議結果が、9月にはじまる第57期国連総会で報告される。その報告を受けて、国連として同条約制定をめざすかどうかを決めることになる。したがって、現時点では、同条約制定が実現するかどうかは明らかではない。昨年のメキシコ政府決議案をめぐる経緯からは、むしろ楽観できないように思われる。

 一方、国際障害NGOサイドでは、一昨年2月に結成された国際障害同盟(DPI、国際知的障害者育成会(II)、世界盲人連合、世界ろう連盟、世界盲ろう者連盟、精神医療利用生還者世界ネットワークおよびRIから構成)というゆるやかなネットワーク組織を利用して、同条約制定に向けて共同戦線をはり、社会開発委員会や人権委員会などへの働きかけを強めている。しかし、同条約制定を実現するには、こうした国際レベルでの取組だけでは不十分であり、地域レベルおよび国内レベルでの強力な取組みが不可欠と思われる。10月にわが国で開催されるDPI世界会議札幌大会、RIアジア太平洋地域会議およびアジア太平洋障害者の十年推進NGO会議は、国内、地域および国際ネットワーク組織を担う関係者が一同に会することから、相互に連携しながら同条約制定に向けての活動を今後より積極的に展開する、まさに絶好の機会を提供しうるものと期待される。とくにそれを契機に地域レベルの幅広いネットワーク組織づくりが実現すれば、最終年以降もアジア太平洋地域でのそのための継続的な取組みを担保しうるものだけに、ポスト十年へのわが国関係者のきわめて意味のある貢献となると考える。

(2001年度「JDジャーナル」3月号より)


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